
広大な国土を持つカナダは、地域によって気候が大きく異なります。
その厳しい寒冷環境は、建築に「熱を逃がさない」というシンプルで本質的な問いを突きつけてきました。
その答えとして生まれたのが、高断熱・高気密を軸とした建築の考え方です。本稿では、カナダの省エネルギー建築の特徴と制度、そしてそこから見えてくる日本のこれからの方向性について考えます。
●寒さに適応するための建築●
カナダの住宅における省エネルギーの基本は、「熱を逃がさない」ことに徹底的に向き合うことです。高断熱・高気密は当然の前提であり、壁・屋根・床の断熱性能を高め、開口部にはトリプルガラスなど高性能部材が用いられます。
さらに特徴的なのは、気密性能を「実測で担保する」点です。気密は施工品質に左右されるため、日本ではメジャーではありませんが、認証制度においてブロワードア試験による測定が求められます。こうして建物全体を連続した外皮(シェル)として捉え、外気の侵入と熱損失を制御する考え方が徹底されています。
この思想は、「設備に頼らず建築そのもので快適性を確保する」という設計姿勢につながります。実際、カナダ・マニトバ州最大の都市、ウィニペグ市にあるオフィスビル「Manitoba Hydro Place(マニトバ・ハイドロプレイス)」では、高性能外皮と自然採光、空気の流れを組み合わせ、一般的なオフィスと比べて大幅なエネルギー削減を実現しています。 つまりカナダでは、自然環境を単に制御するのではなく、太陽や風を読み解き、それらのパワーを活用する建築が基本となっているのです。
●制度が支える高性能住宅●
こうした設計思想は制度によって支えられています。代表的なのが「R-2000住宅」で、断熱・気密に加え、換気や室内空気質まで含めて総合評価され、性能は実測で確認されます。
さらにカナダでは2015年基準を起点に段階的な性能向上が進められており、エネルギーコードの中間段階では約40〜50%の削減水準、最終的には2030年までに「ネット・ゼロ・エネルギー・レディ(Net-Zero Energy Ready)」(約80%以上削減相当)への到達が目標とされています。
この目標を実現するため、ブリティッシュコロンビア州では「Energy Step Code」が導入され、性能基準を段階的に引き上げる仕組みが整備されています。自治体が段階を選択できるため、市場の適応、技術の普及、コスト低減を同時に進めることが可能となっています。
すなわちカナダでは、「気候に適応した設計」と「段階的に進化する制度」が一体となり、省エネルギー建築を社会全体で推進しているのです。
●地域ごとの最適解という考え方●
もう一つの特徴は、「全国一律の解」を求めない制度設計です。広大な国土を持つカナダでは、寒冷地から沿岸部まで多様な気候が存在します。そのため、「National Building Code(NBC)」や「National Energy Code for Buildings(NECB)」といった国家モデルコードを基盤としつつ、州や自治体がこれを採用・修正し、地域ごとの基準として運用しています。
この柔軟性により、各地域は自らの気候条件に最適な建築性能を追求できます。
また近年は、既存建築の改修(レトロフィット)も重要なテーマとなっています。建築分野はカナダの温室効果ガス排出の約13〜18%を占め、ライフサイクルで見ればさらに大きな割合となるため、新築だけでなく既存建築を含めた脱炭素化が進められているのです。
●気候から始まる建築と評価軸の転換●
カナダの取り組みから見えてくるのは、「気候から出発する建築」という思想です。
日本の省エネルギーは設備機器の効率向上に依存してきましたが、そもそも本来の建築の役割は、外部環境に応答し、少ないエネルギーで快適性を確保することにあるのです。
ですから、カナダの「気候から出発する建築」という思想は、建築を本来の役割に立ち返らせる取り組みであるとも言えるでしょう。
さらに近年、世界では建築の評価軸が変わりつつあります。ライフサイクルアセスメント(LCA)により、建設から運用、解体までのCO₂排出量を評価する考え方が広がっています。
カナダでは、外皮性能の向上によって少ないエネルギーで環境に応答する建築が発展するとともに、LCAの考え方も設計段階に取り入れられるなど、建築の環境性能を総合的に捉える取り組みが先行しています。
●「エネルギー」から「炭素」へ。日本が迎える評価軸の転換●
一方、日本でも近年、国土交通省による検討が進み、2028年度には制度化が予定されています。世界的な流れと比較すれば導入は遅れているものの、評価の軸が「エネルギー」から「炭素」へと移行し始めたことは、重要な転換点といえるでしょう。
これからの建築は、
「設備で補う」から「建築で応える」へ、
そして「建物単体」から「ライフサイクル全体」へと進化していく必要があります。 カナダの寒冷地で育まれた建築思想と、日本で進みつつあるLCAの取り組みは、アプローチの違いはありながらも、建築と環境の関係をより深く捉えようとする点で共通しています。
建築が環境に適応する存在から、環境そのものに応答する存在へ。
その転換の入口に、私たちは今、立っているのかもしれません。
次回は、各国の取り組みの総括と、日本の省エネの向かうべき方向について、掘り下げてみたいと思います。
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<参考資料>
1:R-2000:environmentally friendly homes
https://natural-resources.canada.ca/energy-efficiency/home-energy-efficiency/r-2000-environmentally-friendly-homes
2:Net-Zero Energy Ready Buildings in Canada
https://www.efficiencycanada.org/building-codes/net-zero-energy-ready-buildings-in-canada/
3:BC Energy Step Code – Province of British Columbia
https://www2.gov.bc.ca/gov/content/industry/construction-industry/building-codes-standards/bc-codes/2024-bc-codes/step-codes/energy
建築物LCA制度について
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/green_steel/follow_up/pdf/002_04_00.pdf
建築設計事務所、建築物の遵法性調査、指定確認検査機関での勤務を経て起業。建築関係法規のコンサルティング、建築に係る教育、セミナーなどの業務を行う。千葉県建築士会主催の公開勉強会、法規セミナー、その他学校教育機関の講師経験など多数。実務に直結する法規教育を提供。
メルマガ配信やLINEオープンチャット「建築法規を好きになろう」の『つぶやき』で、建築法規をわかりやすく解説。千葉県建築士会会報誌「建築士CHIBA」で建築法規を楽しく学べる「基準法であそぼ」連載中。