
世界では今、建築の省エネルギー化が急速に進んでいます。
その内容を見ていくと、単なる「設備性能の向上」ではなく、建築そのもののあり方を見直す方向へと変化していることが分かります。
これまで本コラムでは、ドイツ、フランス、スウェーデン、カナダ、シンガポールにおける省エネルギーの取り組みを紹介してきました。
それぞれ気候も文化も異なる国々ですが、共通しているのは、「少ないエネルギーで快適に暮らす建築」を目指していることです。
本稿では、これまで見てきた各国の取り組みを整理しながら、日本の建築がこれから向かうべき方向について考えてみたいと思います。
●世界で進む「建築性能」への転換●
これまで日本の省エネルギーは、高効率設備の導入を中心に発展してきました。
しかし現在、世界ではそれとは異なる方向性が主流になりつつあります。もちろん設備技術は重要ですが、世界では近年、「そもそもエネルギーを必要としない建築」を目指す方向へと軸足が移っています。
例えばスウェーデンやカナダでは、厳しい寒冷地環境の中で、建築外皮性能そのものを高める文化が発展しました。
ドイツでも、高断熱・高気密によって熱損失を極限まで抑える思想が徹底されています。筆者も先日、その具体例を実際に見る機会に恵まれました。
ドイツの省エネ設計思想を取り入れて東京都内に建てられた集合住宅「MEGUROHAUS(メグロハウス)」見学会では、実際に高断熱・高気密の快適性を体感できました。
またフランスではRE2020により、一次エネルギーだけでなく、建設から解体まで含めたCO₂排出量まで評価対象となっています。
つまり世界では、「設備で補う建築」ではなく、「建築自体が環境に応答する建築」へと変化しているのです。 そこには単なる省エネ技術ではなく、「建築の本来の役割とは何か」という思想の転換があるように感じます。
【これまでのコラム】
[世界の省エネレポvol.2] 「快適な夏」を考える ―ドイツの省エネ事情から―
[世界の省エネレポvol.3] ゆりかごから墓場まで ―フランスの環境性能規制RE2020から―
[世界の省エネレポvol.4] スウェーデンに学ぶ建築と省エネの未来 ―法制度・都市計画・住文化が支える省エネ社会―
[世界の省エネレポvol.11] 極寒の国が生み出した気候から出発する建築 ―カナダに学ぶ「気候と設計」の関係―
●各国に共通する「気候から出発する設計」●
各国の省エネルギー政策を比較すると、制度や技術は異なっていても、一つの共通点が見えてきます。
それは、「その土地の気候から建築を考える」という視点です。
例えばシンガポールでは、高温多湿の気候に対応するため、自然換気や日射制御を重視した設計が進められています。広大な国土を持つオーストラリアでは、地域ごとの気候差を前提としたNatHERS(Nationwide House Energy Rating Scheme)制度によって住宅性能を評価し、カリフォルニア州では、山火事や停電リスクに備えた「災害に強い建築」が発展しています。
つまり世界は、「世界共通の省エネ建築」を目指しているのではなく、それぞれの気候や社会課題に適応した建築を模索しているのです。
この視点は、日本にとっても重要です。実際に日本でも、全国を8つの地域区分に分け、気候条件ごとに外皮性能基準を定める省エネ基準が導入されています。つまり制度上は、地域の気候に適応する考え方が取り入れられているのです。
一方で近年は、標準化された商品展開や、設備機器による一次エネルギー削減、数値性能を重視した評価が広がり、地域特性よりも「性能数値」が優先される場面も増えています。
しかし本来、省エネとは、その土地の風土を読み取り、地域に合った建築をつくることなのかもしれません。
【これまでのコラム】
[世界の省エネレポvol.7] 建物がエネルギーを支える時代へ ―カリフォルニア州 Title24 に学ぶ―
[世界の省エネレポvol.8] 省エネを建築のデザイン価値にした国 ―オーストラリアのグリーンビルディング思想―
[世界の省エネレポvol.10] 熱帯都市が描くグリーン建築の未来 ― シンガポールの環境都市戦略 ―
●断熱材高騰が問いかける「石油依存型建築」の限界●
近年、断熱材の価格高騰や品薄が続いています。
背景には、断熱材の原料となるナフサ不足や世界的な需給変動があります。
私たちは長い間、「高性能化=工業製品化」という方向へ進んできました。
もちろん性能向上は重要です。しかし、その多くが石油由来材料に依存している現実も見えてきています。
もし資源供給が不安定になれば、建築そのものが成立しにくくなる。
今回の断熱材問題は、その脆弱性を示しているのではないでしょうか。
だからこそ、これからは「自然素材をどう活かすか」が重要になると筆者は考えています。
木繊維断熱材、セルロースファイバー、羊毛断熱材、籾殻、土壁。
これらは単なる「昔ながらの材料」ではありません。
調湿性を持ち、廃棄時の環境負荷が小さく、地域循環とも相性が良い。
つまり、地球環境と建築を接続する材料なのです。
性能だけを追い求める時代から、「循環する建築」へ。
断熱材の価格高騰は、その転換点を私たちに示しているように感じます。
●日本が進むべき道は「自然へ戻る」こと●
この一年、本コラムを通じて世界各国の省エネ建築を追い続けて感じたことがあります。
それは、最先端の建築は、結局「自然との関係性」に戻っていく、ということです。
これは単なるノスタルジーではありません。
世界では今、LCA(Life Cycle Assessment:ライフサイクルアセスメント)によって、建設から解体まで含めた環境負荷を評価し始めています。
また日本でも、2028年度に向けてLCA制度化が進められています。
つまりこれからは、「運用時に省エネであるか」だけでなく、「建物が生まれてから終わるまで、地球にどう影響するか」が問われる時代になるのです。
その時、日本には大きな可能性があります。
木造技術。
自然素材。
地域気候への適応。
四季と共に暮らす感覚。
日本は一見、世界の「建築の省エネルギー化」の流れに遅れているように見えます。しかし、日本建築は、本来「自然を制圧する建築」ではなく、「自然と共生する建築」でした。
世界がそこへ向かい始めた今こそ、日本は海外を単純に追いかけるのではなく、自らの原点を見つめ直すべき時期なのかもしれません。
未来の省エネ建築は、最新設備の先にあるのではなく、「自然へ回帰する建築」の中にこそあるのではないでしょうか。
建築とは、本来、人と自然をつなぐものです。
世界の取り組みを見ていると、これからの省エネ建築は、単なる技術論ではなく、「どう生きるか」という価値観そのものを問う時代に入っているように感じます。
【これまでのコラム】
[世界の省エネレポ vol.5]「伝統的建築物×省エネ」の可能性を考える ―制度・技術・思想から考える伝統的建築物の省エネ化―
これで、「世界の省エネルギー化の取り組み」を紹介してきた一連のコラムは、いったんひと区切りとなります。
1年間お付き合いいただき、ありがとうございました。
次回からは、また新たなテーマで考察を続けていきます。「建築の省エネ」について、さまざまな角度から、みなさまとご一緒に考えていくことができれば嬉しく思います。
建築設計事務所、建築物の遵法性調査、指定確認検査機関での勤務を経て起業。建築関係法規のコンサルティング、建築に係る教育、セミナーなどの業務を行う。千葉県建築士会主催の公開勉強会、法規セミナー、その他学校教育機関の講師経験など多数。実務に直結する法規教育を提供。
メルマガ配信やLINEオープンチャット「建築法規を好きになろう」の『つぶやき』で、建築法規をわかりやすく解説。千葉県建築士会会報誌「建築士CHIBA」で建築法規を楽しく学べる「基準法であそぼ」連載中。