「伝統的建築物×省エネ」の可能性を考える ~制度・技術・思想から考える伝統的建築物の省エネ化~
古民家のような伝統的建築物を省エネ化する—— 一見、相反するテーマに思えるかもしれません。
でも本当のところ、木・土・紙といった自然素材を使い、風や光を巧みに操ってきた日本の伝統的建築物は、自然と共生する省エネ建築でした。
問題はその価値を、現代の制度に定められた数値基準で正しく評価できていないことなのです。伝統文化を守りながら省エネに配慮し、心地よい空間にするには、どのような方法があるのでしょうか?制度、技術、思想の3方向から考えてみましょう。
●制度:現行法の枠組みと現実のギャップ●
建築物省エネ法では、2025年4月から原則すべての建築物に省エネ基準への適合が義務付けられました。
しかし、土壁や漆喰、木製建具などの伝統的構法の建築物は、外皮性能を満たすことが難しく、性能不足と判断される場合が多いのが現状です。
そこで国は、一種の除外規定である「気候風土適応住宅」というカテゴリーを作り、地域の風土や伝統構法を考慮し、外皮性能については標準的な値を用いて算定できる制度を設けています。
ただし、国が示すのは一般的な伝統的建築物要素のみで、地域特性に応じた詳細基準は所管行政庁に委ねられています。
このため、独自基準を設けていない自治体では、国基準を満たせない伝統的構法の建築物が、取り壊しを余儀なくされるケースも生じています。文化を守るための制度が、結果的に文化を失う要因となる——そんな矛盾が生じているのです。
●技術:伝統構法に潜む断熱の障壁●
日本の伝統的建築物は、通風や日射、調湿といった気候や素材に応じた工夫によって快適性を生み出してきました。
真壁構造や障子・襖の重ね使い、深い軒や縁側など、自然の力を活かした合理的なデザインは、現代のパッシブデザインの原点とも言えます。
一方で、外皮性能の数値化基準はこの曖昧で動的な環境を評価できません。その典型的な例が断熱の問題です。外断熱にすれば伝統的建築物の美しい外観が損なわれ、気密化は伝統的建築物の長所である通風を奪い、過剰な断熱は結露を生みます。
だからこそ求められるのは、「性能を高める」という足し算の発想による省エネ設計ではなく、環境を味方につける方向での省エネ設計です。
たとえば、二重障子で空気層を設ける、庇の出を調整する、湿度を吸放出する素材を使う——こうした小さな工夫で、断熱の問題を回避し、伝統的建築物と快適性、そして省エネを共存させることができるのです。
●思想:ヨーロッパの歴史的建造物の省エネ化●
日本と同じく、古い建築物が多く存在するヨーロッパの例を見てみましょう。
ヨーロッパでは、「文化財建築とエネルギー効率を調和させよう」という思想が定着しています。
フランスでは文化財改修に再生可能エネルギー利用を組み込み、スウェーデンではデジタルツインによる温湿度管理を導入しています。
このように国により施策は異なりますが、各国に共通しているのは、改修の可逆性(Reversibility:元に戻せる柔軟性)を重視する姿勢です。
元の価値を損なわず、必要に応じて元へ戻せる改修――それがヨーロッパ流の文化を守る省エネです。
また、古い建物が多いヨーロッパでは、フランスやドイツの「緑のカーテン」や屋上庭園などのグリーンインフラ整備、オランダや北欧の都市の通風や日射制御を考慮した窓設計やブラインド活用など、自然環境による対策も注目されています。
つまりヨーロッパでも、日本の伝統的建築物と同じく、技術だけに頼らず、自然と調和する姿勢が求められているのです。
●伝統が導く未来の省エネ●
「省エネ建築」というと、最新技術を駆使した構法をイメージするかもしれません。しかし、真の省エネ建築とは、機械設備や断熱材の厚みに頼ることではなく、自然と共に暮らす生活の延長上にあります。
伝統的建築物は、風を通し、光を導き、湿度を調整しながら、自然と共生する「生きている建築」です。
これからの設計者には、「気候風土適応住宅」として伝統的建築物を理解し守りながら、進化させる力が求められます。
伝統的建築物である古民家は、過去の遺産ではなく、未来の持続可能な建築を可能にする貴重な宝なのです。
次回は、韓国・中国などのアジア圏の省エネに焦点を当ててみたいと思います。どうぞお楽しみに!
<参考文献>
・国土交通省:「気候風土適応住宅」の解説 2024年版
・気候風土適応住宅の認定のガイドライン・同解説書:一般社団法人 日本サステナブル建築協会
・”これからの”欧州建築エネルギー性能の話
https://note.com/bldg_phys/n/n07e0ed9f5230
・「暑さに強い都市」はどうつくる? 欧州の「冷却インフラ」最前線レポート
https://www.daiwahouse.co.jp/sustainable/sustainable_journey/column_nishizakikozue03/
建築設計事務所、建築物の遵法性調査、指定確認検査機関での勤務を経て起業。建築関係法規のコンサルティング、建築に係る教育、セミナーなどの業務を行う。千葉県建築士会主催の公開勉強会、法規セミナー、その他学校教育機関の講師経験など多数。実務に直結する法規教育を提供。
メルマガ配信やLINEオープンチャット「建築法規を好きになろう」の『つぶやき』で、建築法規をわかりやすく解説。千葉県建築士会会報誌「建築士CHIBA」で建築法規を楽しく学べる「基準法であそぼ」連載中。