熱帯都市が描くグリーン建築の未来
― シンガポールの環境都市戦略 ―

赤道近くに位置するシンガポールは、年間を通して高温多湿の気候に覆われる熱帯気候の都市です。冷房エネルギーの需要が極めて大きいこの都市では、建築の環境性能を高めることが都市全体の省エネルギーに直結します。
驚くべきは、その徹底した戦略です。
シンガポールでは、気候変動をも視野に入れ、建築の省エネルギーを単なる設備技術の問題としてではなく、都市政策として位置づけてきました。建物のデザイン、緑化、都市景観、エネルギー効率をバラバラに考えるのではなく、一体的なシステムとして機能させることで、環境性能の高い都市をつくる取り組みが進められています。
国土面積わずか約730㎢と、東京23区ほどの広さしかない限られた国土の中で、都市と自然の共存を目指してきたシンガポール。その挑戦は、熱帯地域におけるグリーンビルディングの先進例として世界から注目されています。
●国家政策として進められるグリーン建築
シンガポールでは、環境配慮型建築である「グリーンビルディング」を都市政策として推進しています。その中心となっているのが、建築建設局(BCA:Building and Construction Authority)が2005年に導入した建築物環境評価制度「Green Mark」です。
Green Markは、建物のエネルギー効率、資源の効率的利用と循環性、室内環境の質、環境負荷の低減などを総合的に評価し、基準を満たした建築物を認証する制度です。
熱帯気候に特化した評価基準を持つ点も特徴で、東南アジアの環境条件に適した建築性能の向上を目指しています。例えば、室温上昇を抑えるための日射遮蔽や、屋根の断熱、高温多湿の気候の中で通気性を確保するための風が通り抜ける設計。
スコールや高湿度による建物の劣化を防ぐための、防蟻・防湿対策や雨水排水性能の確保などです。
政府はこの制度を政策的に活用し、公共建築の新築・改修では高い認証基準の取得を求めるなど、都市全体の環境性能向上を進めています。さらに、国内建築物のグリーンビルディング化について、2022年末時点のデータでは約55%でしたが、2024年12月時点では61%を達成しており、2030年の80%達成に向けて着実に数値を伸ばしています。
この取り組みは、2021年に発表された国家戦略「シンガポール・グリーンプラン2030」にも位置づけられており、都市のエネルギー効率向上や緑化の推進、持続可能な都市環境の実現に向けた重要な柱となっています。
●都市と自然をつなぐ建築デザイン
シンガポールの建築の特徴は、単にエネルギー効率を高めるだけではなく、都市環境そのものを改善するデザインが重視されている点です。
高層建築では、日射遮蔽ルーバーを設けた「Esplanade – Theatres on the Bay」、外壁を二重構造とするダブルスキンを採用した「CapitaGreen」、自然換気を促す空間構成を取り入れた「National University of Singapore」などに見られるように、建物の外装や空間構成によって赤道付近の強い日射を遮り、冷房負荷を低減する設計が行われています。
さらに、屋上や壁面の緑化も積極的に取り入れられ、都市のヒートアイランド対策としても機能しています。
こうした設計は、設備に頼るだけではなく、建築デザインそのものによって環境負荷を低減しようとするシンガポール建築の特徴をよく示しています。
●象徴的なグリーン建築
シンガポールには、環境建築を象徴する建物がいくつも存在します。
代表的なものが、巨大な温室と人工樹木で知られる「Gardens by the Bay」です。ここでは太陽光発電や自然換気などの環境技術が取り入れられ、都市の新しいランドマークとなっています。
また、世界的に知られる複合施設「Marina Bay Sands」では、屋上緑化や高効率設備によって環境性能の向上が図られています。
さらに、赤い外観が印象的な「Oasia Hotel Downtown」は、建物全体を植物で覆うデザインにより都市の緑化と自然換気を実現した建築として注目されています。
こうした取り組みは、1967年に始まった「ガーデンシティ政策」から発展した「City in a Garden(庭園の中の都市)」という都市理念とも結びついています。現在では国土の約半分が緑地で覆われるなど、建築と自然が共存する都市景観を生み出しています。
●都市そのものを環境装置にする発想
シンガポールのグリーン建築の特徴は、建物単体の省エネルギーだけではなく、都市全体の環境を改善しようとしている点にあります。
緑化された高層建築、自然換気を活かした都市空間、環境性能を評価する制度などが組み合わさり、都市そのものが環境装置のように機能しています。
さらに注目すべきは、シンガポールでは都市の持続可能性を高めるため、建築と食料政策を結びつけた取り組みも進められている点です。
国土が限られ食料の多くを輸入に頼る同国では、都市農業の推進などにより、2035年までに食物繊維20%、タンパク質30%を国内生産で供給するという目標を掲げています。これは、環境政策だけでなく国家の安全保障にも関わる重要な取り組みです。
「食料自給率10%未満」という厳しい現実があるからこそ、シンガポールは「建築と都市農業の融合」に国家を挙げて取り組んでいるのです。
一方、日本の食料自給率はカロリーベースで38%と、依然として低い水準にとどまっています。都市環境と食料の問題を同時に捉えるシンガポールの取り組みは、日本にとっても多くの示唆を与えています。
都市農業や地域循環型の食料生産を見直し、食料自給率の向上に向けた取り組みを進めていくことは、これからの都市づくりにとっても重要な課題といえるでしょう。
食料の問題は農業だけのものではありません。それは、これからの都市と建築のあり方にも関わるテーマなのです。
都市の未来は、建築の中にどれだけ自然と循環を取り込めるかにかかっているのかもしれません。
次回は、寒冷地でも「心地よく」過ごせるカナダの省エネについて、掘り下げてみたいと思います。
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<参考資料>
1:シンガポール・グリーンプラン2030
https://www.greenplan.gov.sg/vision/
2:グリーンビルディングで変わる都市と資産価値!
シンガポールの成功事例と最新技術
https://bldgmo.jp/media/20260118/
3:建築建設局(BCA:Building and Construction Authority)
https://www1.bca.gov.sg/about-us/about-bca
4:Green Mark 2021 (GM:2021) – Technical Guide
https://www1.bca.gov.sg/docs/default-source/docs-corp-buildsg/sustainability/20240101_certification_standard_r2.pdf?sfvrsn=4571c497_0
5:ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ:庭園における持続可能性
https://www.gardensbythebay.com.sg/en/about-us/our-gardens-story/sustainability-efforts.html
建築設計事務所、建築物の遵法性調査、指定確認検査機関での勤務を経て起業。建築関係法規のコンサルティング、建築に係る教育、セミナーなどの業務を行う。千葉県建築士会主催の公開勉強会、法規セミナー、その他学校教育機関の講師経験など多数。実務に直結する法規教育を提供。
メルマガ配信やLINEオープンチャット「建築法規を好きになろう」の『つぶやき』で、建築法規をわかりやすく解説。千葉県建築士会会報誌「建築士CHIBA」で建築法規を楽しく学べる「基準法であそぼ」連載中。