アジアの建築省エネ最前線 ― 韓国・中国・日本の今を読み解く
世界の建築業界では「グリーンビルディング」が重要キーワードとなり、建物の設計から解体までのライフサイクル全体で、環境負荷を減らす考え方が広がっています。
アジアでも都市化の進展とともに、建物の省エネにとどまらず、CO₂排出の削減、再生可能エネルギーの導入、素材の低炭素化・ライフサイクル評価(LCA)などが大きなテーマとなっています。
今回は、韓国と中国の取り組みを中心に、日本との違いを交えながら、アジアの省エネ建築の流れを見ていきましょう。
●韓国 ― 国がリードする建築物の省エネ化●
日本が「国が枠組み、民間が実践と技術」というハイブリッド型で省エネを進めているのに対し、韓国は国が主導で強力に建築物の省エネを推進しています。
グリーンビルディングの考え方が反映されている例として象徴的なのは、2008年制定の「グリーン建築物基本法(Green Buildings Construction Support Act)」と、建物のエネルギー性能を“等級”で評価する「建築物エネルギー効率等級制度(BEECS)」です。
新築の公共建築物は、 2020年から段階的に高等級(ZEBグレードを含む)の義務化が始まり、2025年からは第3次「グリーン建築物基本計画(2025〜2029)」が開始されました。これによりBEECSと「ゼロエネルギー建築物(ZEB)認証制度」が統合され、申請手続きが簡素化されます。
また、30世帯以上の共同住宅や延べ面積1000㎡以上の民間新築建築物には、ZEBグレード5等級以上の取得が義務付けられるなど、規制が一層強化されました。
さらに、省エネ改修を行うと、低金利融資や税控除を受けられる「グリーンリモデリング支援事業」があり、古い建物も対象です。
「建て替える」よりも「賢く直す」方向へと政策が誘導されています。
●中国 ― 国土の広さを生かした地域別の省エネ基準●
中国では、2020年の建築物のCO2排出量が全体の50.9%を占め、CO2削減が喫緊の課題となっています。
政府は2005年から「省エネ設計基準(GB50189)」を制定し、5つの気候帯(厳寒・寒冷・暑夏寒冬・暑夏暖冬・温和)ごとに要件を細分化して基準を運用しています。
寒冷地では断熱を強化し、暑夏寒冬・暑夏暖冬地では日射遮蔽や自然換気などのパッシブデザインが重視されています。
また、中国独自の「グリーン建築評価標識制度(Three-Star)」では、建物の省エネ・水利用・環境素材などを総合評価し、星1〜3のランクで認定します。
高評価は補助金やブランドイメージ向上につながる一方、財政余力の差から都市間で認定件数にばらつきが生じる課題もあります。
さらに、地方では施工品質のばらつきや監理体制の不備も残り、中国は「基準づくり」から「運用・維持の徹底」へと段階を移しつつあるのです。
●アジアに共通する考え方 ― 自然との調和が鍵●
韓国も中国も、国が規制を強化し、強いリーダーシップを発揮して省エネ化を進めています。
しかしアジアの建築文化には、欧米とは違う独特の発想があります。
それは「自然と調和しながら省エネを実現する」という考え方です。
例えば、韓国の伝統家屋「韓屋(ハノッ)」には縁側のような中間領域があり、夏は風を通し、冬は日差しを取り入れます。
また、中国の伝統的住宅「四合院(スーフーユエン)」も、中庭を介して光と風を取り入れています。
日本の古民家も、軒の出・土壁・障子などで「自然の力を活かした温熱環境」をつくってきました。
アジアの建築は、データに頼りすぎない“感覚的な省エネ”を受け継いでいますが、同時に、近代的な数値基準との調和をいかに図るかという課題にも直面しています。
●日本の立ち位置と、アジアのこれから●
日本の省エネ制度については、第1回のコラムで解説しました。
日本の省エネ制度も、韓国や中国と同様、「基準+認証制度」によって成り立っていますが、省エネ性能の数値レベルでは依然として両国に比べて緩やかな部分も残っています。
アジア各国は今、欧米の水準に追いつこうと制度を強化しています。
しかし、歴史を紐解けば、欧米で「最先端」とされるパッシブデザインの多くは、アジアの伝統的建築物にすでに見られる思想でもあります。
自国の伝統的建築物の手法をいかに評価し、現代技術に融合させるかが、今、アジア各国の課題となっています。
私は、この課題を、韓国、中国、日本が互いに協力し合い、それぞれの国の「強み」を掛け合わせて解決できた暁には、アジア発の持続可能な建築モデルが世界をリードする日も近いと感じています。
次回は、再び西へ。
全米で最も環境規制が厳しい州であるカリフォルニア州の建物エネルギー効率基準「Title24」に焦点をあて、再生可能エネルギーを前提とした設計基準の仕組みを探ります。
<参考資料>
① Green Building Construction Support Act, Republic of Korea6~27
② Green Building Construction Support Act, Article 27
③ Korea Energy Agency, *Building Energy Efficiency Rating System Overview
④Updates to the China Design Standard for Energy Efficiency in public buildings
:Tianzhen Honga,n, Cheng Lia,DaYanb
⑤2017 CHINA GREEN BUILDING REPORT FROM GREEN TO HEALTH
⑥How Can China’s Green Building Sector Grow Fivefold by 2030
⑦World Economic Fourum:7 opportunities for green buildings in China
⑧General Code for Building Energy Efficiency and Renewable Energy Utilization (GB 55015-2021)
建築設計事務所、建築物の遵法性調査、指定確認検査機関での勤務を経て起業。建築関係法規のコンサルティング、建築に係る教育、セミナーなどの業務を行う。千葉県建築士会主催の公開勉強会、法規セミナー、その他学校教育機関の講師経験など多数。実務に直結する法規教育を提供。
メルマガ配信やLINEオープンチャット「建築法規を好きになろう」の『つぶやき』で、建築法規をわかりやすく解説。千葉県建築士会会報誌「建築士CHIBA」で建築法規を楽しく学べる「基準法であそぼ」連載中。